がんサイバーの阿南里恵(あなみりえ)さんがハートネットに

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23歳で子宮頸がんを患った阿南里恵(あなみりえ)さんが(癌サイバー)がハートネットに出演なさいます。
阿南里恵さんは、23歳の時がんの宣告を受け、子宮摘出を余儀なくされました。
そのときには、「生きて行く価値があるのか」と深く絶望されたようですし、体力の低下や足がひどくむくむ後遺症で、生きがいだった仕事もままならなくなったそうです。
あなみさん
しかし、自らの体験を語る講演活動がきっかけで、「人それぞれの幸せの形がある」と気づいたと。
そして、発病から12年がたった今、「がんになる前よりも、何十倍も幸せ」とおっしゃる阿南さんのプロフィールから。
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プロフィールと経緯

・氏名:阿南里恵(あなみりえ)
・生まれ:1981年 東大阪市生まれ
・2002年に自動車整備士の専門学校を卒業後、大手自動車メーカーに入社。
・04年ベンチャー系の不動産販売会社に転職し、その1カ月後に子宮頸がんの告知
・術前化学療法を経て、05年1月に子宮全摘手術、続いて放射線治療を実施。
・保育園運営会社勤務を経て、08年10月にイベント会社グローバルメッセージを設立。
そのかたわら、子宮頸がんに関する講演会活動にも精力的に取り組み、
12年4月より日本対がん協会の広報を担当
バイク好きのお兄様の影響で、自動車整備の専門学校に進学。
卒業後は、憧れの大手自動車メーカーに入社して東京の研修部門に配属され、マニュアル作りなどを担当。
しかし、この職場は、定年間近の社員が多く、車作りの情熱や活気とは無縁だったそうです。
「このままでは、成長の時期であるはずの20代を無駄に過ごすことになる」とさんざん悩んだ末に、両親や周囲の反対を押し切って、入社1年半で退社。
そして、27歳の起業家社長が率いる不動産販売のベンチャー企業に転職。
この会社は、若さと情熱、活気にあふれていて、入社早々、任されたのは新宿のワンルームマンションの販売では、1軒1軒回って呼び鈴を鳴らす、飛び込み営業を経験なさっています。
未経験にもかかわらず、入社半月後に見事、成約し、「阿南里恵、3千万円!」とオフィスに垂れ幕が下がったときには、職場の全員から祝福の抱擁を受け、憧れの社長と熱い仲間に囲まれた時代は本当に楽しかったと。
転職して1カ月後の2004年秋に不正出血がありますが、仕事が多忙でそのままにしているうちに、だんだん出血量が増えてきたそうです。
銀座のクリニックを受診すると、「子宮頸がんが進行しています。今日、明日にでも大きな病院に行ってください」と。
翌日、国立がん研究センター中央病院の婦人腫瘍科を受診。
医師は、内診をすませると、両親と一緒に来ることを勧めた。知らせを聞いた両親が大阪から駆けつけると、「詳しいことは検査してみないとわかりませんが、おそらく子宮を全摘することになるでしょう」と医師から阿南さん親子は告げられるのです。
それを聞いて、お母様は泣き崩れ、号泣するお母様のそばで、お父様が医師と治療について話し合っている光景を、阿南さんは茫然と眺めていたそうです。
治療は、実家がある大阪でおこなうことになり、会社には休職願いを提出。
上司や同僚に病気のことを告げると、皆が阿南さんのために泣いてくれて、「絶対に戻ってこい」と言ってくれたそうです。闘病中には、不動産会社の社長からの手紙も。

出典:https://gansupport.jp/article/document/document01/3167.html

出典:https://gansupport.jp/article/document/document01/3167.html

母と娘の絆をがんが結び合わせた

実は、阿南さんは、長年にわたってお母さまとの確執があったそうです。
家庭の事情で、45歳のときに印刷会社を起業なさったお母様は、多忙を極め、阿南さんが幼いころから家を空けることが多かったのだそうです。
そんなお母さまに対して、阿南さんは反発を強めていきます。
思春期を迎えると、母と娘の確執は激しさを増し、阿南さんが就職しても、いったん離れた母娘の距離が縮まることはなかったそうで、それだけに、がん発症以来のお母さまの変化に、阿南さんは深く感じるところがあったそうなのです。
手術日が近づくにつれ、阿南さんは恐怖と不安に苛まれるようになります。
「手術すれば、もう子供が産めなくなる。でも、子宮を残せば自分ががんで死んでしまう。23歳の自分が、どうしてそんな選択をしなきゃいけないんだろう。そこまでして、生きていく意味があるんだろうか」と。
そしてとうとう、手術入院の前日、自宅を飛び出して、東京行きの新幹線に乗り、借りていたアパートの部屋でひたすら泣いたそうです。
心配なさったお母さまからの電話をとらずにいると、今度は携帯メールに着信があります。
「人間、生きてるだけで丸儲け。子供が産めない人でも、親の愛情が受けられない子供のために、きっと何かしてあげられるとお母さんは思います。(中略)りえのことは、お母さんの命があるかぎり応援したいと思います。思いきり力いっぱい笑えるときまで、がんばってくれませんか。お母さんとお父さんのためにも」
こう記されたお母様からのメッセージは、阿南さんにとって、凍てついた心がみるみる溶かされていくのを感じたとおっしゃっています。
 

あきらめずに進み続けた原動力は?

現在は、がん体験を活かし、第一線で活躍している阿南さんですが、ここに至るまでにはたくさんの紆余曲折を経験なさっています。
それでも、あきらめずに進み続けた原動力は、
「過去には、本当にたくさんのことをあきらめなくてはならない時期がありました。『これ以上、あきらめるものはない』と思うぐらいあきらめて、『もういいじゃん。自分がやれることで生きていこう』と思ったそうです。
そう吹っ切れた途端に、講演の依頼や、応援してくれる人の数が急に増えたのだそうです。
そう吹っ切れたのは、お母様からの無条件の愛情を受け取っていることに気づいたこと、過去には辛い経験もあったけど、不動産会社の社長からもらった励ましの手紙など、辛いことの中にも勇気付けられる宝物が隠れ手いたことに気がついたからかもしれませんね。
阿南さんが周りの方にもらった愛情や勇気を、今は同じ境遇にある方々へ分け与えていらっしゃる。
きっとここことを一番喜んでくれているのは、お母様なのでしょうね。
阿南さんは、「神様にいかされた理由(わけ)」という書籍も出版なさっています。

神様に生かされた理由(わけ): 23歳で子宮頸がんを宣告されて。

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