画家・諏訪敦の嫁や子供や作品の値段は?忘れられた人々の肖像「満州難民」を描く ETVで

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画家の諏訪敦(すわあつし)さんが「忘れられた人々の肖像”満州難民”を描く」と題してが、ETVで取り上げられます。
諏訪敦(すわあつし)さんは、記憶に辿りつく絵画とか亡き人を描く画家として、鹿嶋恵里子さんの肖像画を描いた2011年にもNHKで特集されています。
出典:http://www.nhk.or.jp/etv21c/archive/160402.html

出典:http://www.nhk.or.jp/etv21c/archive/160402.html


ここでは、諏訪敦(すわあつし)さんのWiki風プロフィールや作品の価格、また2011年に放送された鹿嶋恵里子さんの肖像画についてもまとめてみました。
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まず今回の内容は

2015年~2016年にかけての冬、諏訪敦(すわ・あつし48歳)さんは、お祖母さまの肖像に取り組んでいます。
お祖母さまは、彼が生まれる20年以上も前の終戦直後に、旧満州、現在の中国東北部で31歳の若さで亡くなっているのです。
そのことを知るきっかけとなったのは、17年前に亡くなったお父さまが最期に残した手記。
そこには、終戦の年、昭和20(1945)年の春に一家が満蒙開拓団として満州にわたり、3か月あまりでソ連軍の侵攻にあい、逃亡し、たどり着いたハルビンの難民収容所で飢餓と伝染病に苦しんだ惨状がつづられていました。
その年の冬、諏訪さんのお祖母さまと叔父さまは亡くなります。
お父さまの手記は、無念と怒りをあらわにして終わっていたのでした。
それまで諏訪さんにとっては、満州のこともそこで亡くなった日本人のことも遠い存在でした。
諏訪さんはは画家として、お父さまの無念や怒りを受け止め、「忘れられた人々」のことを絵にしなければと、戦後70年の昨年、動き出したのです。
満蒙開拓団にいた人々を訪ね、話を聞き、お父さま一家を知る人を探し出し、中国東北部を旅してその足跡をたどります。
なぜ彼らは満州にわたったのか?
そこでどんな生活をしたのか?
なぜお祖母さまは死ななければならなかったのか?
取材で明らかになった事実をもとに、2か月あまりにわたるキャンバスとの格闘を、旅と創作の過程に密着したドキュメンタリー番組です。

鹿嶋恵里子さんの肖像画とは?

鹿嶋恵里子さんの肖像画とは、2011年6月にNHK「日曜美術館」で放映された内容になるのですが、
「亡くなった娘を絵画で蘇らせて欲しい」。と、諏訪さんのところに来た依頼から始まります。
依頼したのは、鹿嶋恵里子さんのご両親。
2008年の5月、南米ボリビア・ウユニ塩湖で、車どうしの正面衝突による爆発炎上事故があり、日本人6名の方が亡くなられ、犠牲者の一人が鹿嶋恵里子さん(当時30)でした。
彼女のご両親は、その死をどうしても受け止めることができず、娘とこの世で再会したいと願い、画家の諏訪敦(すわあつし)さんに恵里子さんの絵を依頼したのです。
鹿嶋恵里子さんは結婚も決まり、結納式から10日後の突然の悲劇でした。
依頼した内容は、諏訪さんの絵によって快活な娘を蘇(よみがえ)らせて欲しい、というもので、依頼を受けたとき、相当悩んだそうです。
『死んだ娘の肖像画を描いてほしい』という依頼は初めてだったからです。
肖像画といえば、通常は生きている人を前に置いて描きます。
しかし、この依頼は、描こうとする相手はもうこの世には存在しないのです。
さらに、依頼主は、ただの肖像画以上のことを求めています。
諏訪さんは、両親の醜態までさらけ出して、どうしても娘を描いてほしいという熱意に感動し、悩んだ末、承諾。
亡き人を描くために諏訪さんは、わずかな手掛かりを求め、さまざまな取材・手法から彼女の特徴を探っていきました。
生きている間に絵の対象者が残したさまざまな情報を集めなければなりません。
そのたくさんの情報から、会ったことのない肖像画の主人公を作り上げてゆくのです。
画家はまず両親の顔をデッサンします。
この両親から生まれたのが、絵の対象者、鹿嶋恵里子さんであるからです。
両親の顔の輪郭から亡くなった娘に似ている部分を細かく探してゆく。
また、肖像画の主人公が生前着ていたという服や写っている写真を手元に置いて、画家は自分なりの恵里子像を作り上げます。
まず、諏訪さんは、「現世の時間を卒業した」人の姿として、写真にはない、時計を外してたたずむ恵里子像を創り出しました。
「両親が望むものは、再生だけども、無理に生気がみなぎった顔を描いて、生まれ変わったんだということにするより、この人は、別の世界で再生というか、別の時間軸を生きている人」という想いから、時計を外すというこのポーズで、この世の決別を描くつもりだったそうですが、両親とのメールのやりとりの中で、「娘は死んだとは思っていません。恵里子はおめかしして、わたしに会いに来るのです。」という、父親の心情に大きく揺れます。
この世の人間ではないものとして描こうとした画家は、この心情に、どう応えたらいいのかと立ち止まって考えます。
そして、時計を外すというしぐさは、どこかさみしげで、両親の思いに応えられるものではない、と判断し、それまで描いていた絵に白い絵の具を垂らし始めます。
自分が全身全霊を傾けて描いた絵を、自らの手でつぶしてしまったのです。
それから、諏訪さんは、依頼主と同じように、不慮の事故で子を亡くした人たちの団体の事務所に赴き、両親の思いにどう応えたらいいかと相談します。
そこで、娘を十数年前に亡くされた母親から、「ご両親が望まれているのは、本人そっくりの絵ではないと思いますよ。両親も知らない娘の姿なのではないですか。画家である、あなたが感じ取られたものを、描いたらいいと思います。」というアドバイスを受け、その言葉に励まされ再び肖像画の製作にとりかかりました。
諏訪さんが新たに描いた恵里子像は、自分の腕から時計を外すのではなく、自分の前で両手で時計を持っている姿。
そして、絵の主人公は笑う少し前の、ほんのり赤みを帯びた生気ある頬をしてたたずんでいます。
半年後、諏訪敦さんは、完成した絵を携えて鹿嶋恵里子さんのご両親のもとを訪れました。
箱から出されて絵と対面し、「わ、恵里子だ。」と声を上げる父親。
そして、絵の中の娘に向かい、涙ぐみながら、「えりちゃんだ」といい、後ろを振り返って、「恵里子だよ」と、娘の母親に声をかけます。
そしてあらためて壁にかけられた娘に向かって、「大きくなったな」と、小さな声でつぶやき、子の成長を確認しているよう。
そしてため息をつきながら眺め入りながら、父親は何度と、うなずいている。
父親の横に来た母親が、「毎日来るたびに──、えりちゃんが、ただいまと言って帰ってこられるね。いつもここにいてくれて。」と、絵に向かって語りかける。
そこで、父親が、悟ったように、こう語るのです。
「恵里子の、こういう姿というのは、なかったです。いわゆる架空ですね。恵里子の存在自体がもう、架空なのね。現実にはないからね。架空が現実の世界に下りてきた、ということね。」と。
また母親も、「写真と違って、感動がありますね。何か、語りかけてくる。そこに、恵里子がいるように。」と、なにか超越的な存在となった娘と対面しているようです。

http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2011/0626/

http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2011/0626/


番組では絵の持つ意味について、「写真は思い出だが、絵は記憶である。」と述べられています。
思い出は次第に薄れ、消えてゆくが、記憶は心の中に刻み込まれ、何度となく蘇ってくる、と。
そうやって出来上がった肖像画がこちら。
絵理子さん肖像画
人の心の深い部分に触れる時、ズーンと重たい気持ちになるのですが、気分をかえて諏訪さんのプロフィールを紹介したいと思います。

プロフィールと経歴

名前:諏訪 敦(すわあつし)
生まれ:1967年 北海道生まれ
・1992年に武蔵野美術大学 大学院造形研究科修了。
・1994年には文化庁派遣芸術家在外研修員としてスペインに在住
・彼の地で参加した国際絵画コンペで大賞を受賞し本格的に活動を開始。
・帰国後、前衛舞踏の先駆者として知られる大野一雄、慶人親子の協力を得て、一年間取材し描いた連作(2000年)を発表
・これを契機に古典的な意味での写実表現から次第に離れ、個展でのシリーズ作品発表へと活動の中心が移っていった。
・2003年 「JAPANESE BEAUTY」(2003年)
・2006年 「SLEEPERS」(2006年)
・2008年 「Stereotype」(2008年)などを発表
*2008年美術館での初個展「複眼リアリスト」(佐藤美術館)開催。
・オッフィシャルブログ ⇒ http://atsushisuwa.com/
ブログ内に掲載されている諏訪さんの作品は、リアルすぎて夜見るとちょっと怖いかもしれません。
新品は売り切れているようですが、写真集も見つけました。

諏訪敦 絵画作品集〈1995‐2005〉
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また、追悼文集のカバーも手がけていらっしゃいます。

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諏訪さんより:『レクイエムの名手 菊地成孔追悼文集』のカバー挿画を提供しています。
この絵は、臨終の父親とそれを組ませる母親の手を描いたものでした。混乱していた時期なので描写がすごく荒っぽい。
ブックデザインは、バリバリの新鋭、川名潤 (@kawanasan)さん。また、本の截断面に独特の工夫が。
不良にして知的、軽妙にして深淵な菊地さんの語り口は魅力的。
● 単行本: 388ページ
● 出版社: 亜紀書房 (2015/10/24)
● 言語: 日本語
● ISBN-10: 4750514527
● ISBN-13: 978-4750514529
● 発売日: 2015/10/24

諏訪敦の妻や子供について

諏訪敦さんの妻は、であり画家の松井冬子さんですが、この方もかなりの経歴をお持ちです。
・生年月日:1974年1月20日生まれ。
・1994年;女子美術大学短期大学部造形学科油彩画専攻卒業。その後、就職
・4浪を経て、6度目の受験で東京藝術大学美術学部入学。
・2002年に東京芸術大学美術学部日本画専攻卒業。
・2007年、東京芸術大学大学、院美術研究科博士後期課程美術専攻日本画研究領域修了。
*博士論文「知覚神経としての視覚によって覚醒される痛覚の不可避」を東京芸術大学へ提出し博士 (美術)の学位を取得。
妻の松井冬子さんは、お料理は一切されないそうです。
*女子美術大学では油絵を学んでいらしたのですが、東京芸術大学では日本画を学ばれたそうです。
*東京芸術大学日本画専攻の女学生としては初の博士号取得者
・2008年、「松井冬子展」が静岡県の平野美術館で開催。
・2010年、フランス・パリのGalerie DA-ENDにて「松井冬子展」
・2008年、4月20日、NHK教育テレビジョン「ETV特集」で「痛みが美に変わる時 画家・松井冬子の世界」が放送されました。
・2011年、第62回NHK紅白歌合戦にゲスト審査員として出演。
・2015年、東京2020エンブレム委員会の委員に就任。
また、松井冬子さんは、お料理は一切されないそうです。
子供さんの情報については、公表されていませんでした。
一昔前の画家、というと地味な風貌のイメージが合ったのですが、妻の松井冬子さんは、モデル並みの美人です。
お料理も一切しに、とのことで、子育てしているイメージもつきにくいですし、お子様はいらっしゃらないと思われます。

作品の値段は?

諏訪さんの作品のお値段は流石に公表はされていません。
オークションでは、オークションでは何百円というリーズナブルな値段の作品もあるようですが、過去のオークション作品からも残念ながら見つけることはできなくて、売り切れている写真集でさえ、質の良いものは高値がついています。
2016年の個展の開催もなさそうですが、オリジナルに作成していただくものに比べると、個展で販売される小さなサイズに絵画だったら購入しやすいお値段で出展なさっているのかもしれませんね。
仮に個展が行われたとしても敷居が高くて、躊躇っそうですが(笑)。

まとめと感想

亡くなった人を想う心の重さに久しぶりに触れました。
人が人に与える影響の重さ、魂の重さとでも言うのでしょうか。
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