小笠原登ハンセン病隔離に抗(あらが)った医師がETVに

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感染力が極めて弱いのに、国が患者を療養所に強制隔離。
ハンセン病隔離に反対して在宅診療を貫いた故小笠原登医師がETVで特集されます。
出典:http://www4.nhk.or.jp/etv21c/

出典:http://www4.nhk.or.jp/etv21c/


小笠原登医師は、「らい菌は伝染性が弱く治療も可能」との信念から、国の隔離政策に異論を唱え独自の治療実践を行っていたのですが、学会から葬り去られる結果となります。
ところが2001年、裁判で国の隔離政策が断罪され、政府は翌年、隔離政策の誤りを認め謝罪。
これがきっかけで、ハンセン病患者の隔離を定めた「らい予防法」の廃止からやっと20年がたちます。
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小笠原登医師は、らい菌に遭遇して発病する体質が問題とすべきである、と主張し、その主張が明瞭に表現されたものが、『診断と治療』18巻11号(1931年11月)に発表されています。

ライほど種々な迷信を伴っている疾患は外にないであろう。その第一はらいは不治の疾患であるという迷信である。(中略)この迷信は天下に瀰漫するにいたった理由がある。それは疾患が一定の度を超えると仮令疾患が消失しても生体はもはや旧態には復帰しないということに帰着する。(中略)

  • 近頃、内務大臣の主唱の下にらい予防協会というものができたと聞いている。合宿所を設け娯楽機関を充実せしめ、隔離の実をあげてらいの伝搬を予防せんとする計画のようである。しかし、これは明らかにらいは不治であるという迷信に立脚した企てであるかに考えられ甚だものたらない。余の研究室において治療の障害になるもの、一つは宗教的の迷信である。
  • 第二はらいは伝染病であるという迷信である。これにも理由がある。即ち一定の家系の人にのもらい患者が発生するかの感を与えるという事実に基づく。
  • その理由の一つにはらいは特殊な体質の所有者にのみ感染する疾患であることを数えなければいけない。
  • 第三はらいは強烈な伝染病であるという迷信である。らいは我が国では古き時代からの病気である。それにもかかわらずこれが伝染病であることが看破せられなかった。今日まで未だ全国民がことごとくらいに犯されるに至っておらぬ。明らかにらいの伝染力は甚だ微弱であることも物語っている。
  • 以上三つの迷信はらい患者およびその一族にたいして甚だしき苦痛を与えている。もし将来らいの対策が企図せられるならば以上の諸迷信を脱却して正しき見解の上に設定せられなければならぬ。

小笠原登医師の人柄

とても温かみのあるお医者さまだったようで、そのエピソードが、京都大学特研で3年4カ月補助として働いた人物の話として、本の中に書かれているようです。

小笠原先生はいつでも
一、どんな時でも大変患者さんの気持ちを第一にお考えになっていました。
一、礼儀正しいお方でした。
一、お言葉もとても丁寧でやさしかった。
一、患者さんにはいつも、自分の病気の事に神経が鋭敏になっているから、その目の前で手指の消毒などをする時に汚なそうにしないで下さい。陰の方で思う存分消毒してくださいと申しました。幼時から襖越しに人を呼んでは失礼。物を頼む時は看護婦でもわざわざ側にきた。
小笠原登―ハンセン病強制隔離に抗した生涯 (Shinshu booklet) P74」より

小笠原 登医師のプロフィールを見ていきましょう。

プロフィールと経歴

名前:小笠原 登(おがさわら のぼる)
生年月日:1888年(明治21年)7月10日
1970年(昭和45年)12月12日
愛知県あま市の円周寺の小笠原篤実氏の二男(戸籍では三男)として誕生。
祖父は僧侶でもあり、漢方医術を行い、らい病、淋病、梅毒などを得意としていました。
兄の秀実は仏教系新聞『中外日報』の論説記者を務めたジャーナリスト。
・日本の医学者(専攻は皮膚科学)でハンセン病(らい病)の研究者
・1970年(昭和45年)12月12日に、愛知県あま市の円周寺で、急性肺炎のため死去。
この、円周寺でも、多くの患者さんを診ていらっしゃったようです。

出典:http://www4.nhk.or.jp/etv21c/

出典:http://www4.nhk.or.jp/etv21c/


円周寺
住所 〒490-1111 愛知県あま市甚目寺(じもくじ)東大門19
こちらのお寺は、初詣のスポットそしても有名なようです。

まとめと感想

このらい病が流行った当時の時代背景は、ちょうど製薬会社が成長していく時代ともリンクしています。
西洋医学の、病気そのものをやっつける医療ではなくて、最近では、ホリステック医学(人を全体的に見る)が見直されてきているといっても、まだまだ西洋医学の医療以外は怪しいという捕らえ方が主流なのかもしれません。
小笠原登医師は、病気と体質が関係あることを当時から、きちんと理解して、正当にそれを唱えていたにすぎないのに、と思います。
いつの時代も、どこの国も、不都合は情報操作され、洗脳されて、随分後になってしか、それが解明されない仕組みの中で、私たちは生きているのかもしれませんね。
最後に、自らの医学的知見にしたがって、自宅治療や通院治療を小笠原登医師の書籍をご紹介します。

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