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大木洵人手話ITサービス【シュアール代表】の手話キーワードやテルテルコンシェルジュとは?

手話ITサービス【シュアール】の代表、大木洵人さん(おおきじゅんとさん29歳)がU-29に出演されます。

出典:http://www.sotokoto.net/

大学時代に友人に誘われて立ち上げた手話サークルで、手話の面白さと聴覚障害者の不自由さに気づき、ろう者が健聴者と対等に暮らし、夢をあきらめないですむ社会をつろうと、立ち上げたのがシュアール
ここでは、シュアールの事業について、また大木洵人さんが手話事業を始めたきっかけやプロフィールについても調べてみました。

大木 洵人プロフィール

・名前:大木 洵人(おおきじゅんと)
・生まれ:1987年 群馬県出身
・学歴:慶應義塾大学環境情報学部卒
*学生時代に手話サークルを立ち上げ、その後手話通訳サービスを事業化。
*2010年、NEC社会起業塾イニシアティブ2010年度メンバーに。
*シュアールグループ代表。
*2012年、アショカ・フェローに。
アショカ・フェローとは、

アショカ・フェローを選出する母体となる「アショカ財団」は、ビル・ドレイトンによって1980年に創られた、米国発の「社会起業家」を支援する財団です。
「社会起業家」は様々な解釈で語られますが、一般的には「社会を変革する事業を生み出す起業家」と解釈されます。アショカ財団は、そうした人材を「アショカ・フェロー」として選出し、社会起業家へ人的ネットワークを始めとする支援を提供します。
アショカ・フェローは全世界で約3,000人が選出されており、その中ではWikipediaのジミー・ウェルズ氏、Kivaのマット・フラナリー氏、中南米で貧困層向けの送金ビジネスを展開する日本人・杤迫篤昌氏がいらっしゃいます。
出典:http://greenz.jp/2012/03/21/shur_ashoka/

株式会社シュアールについて

シュアールは、手話に関する様々なソリューションを展開していますが、今回特に「イノベーティブ(社会を根本的に変革する)」だと評価されたのは、彼らが展開する「SLinto Dictionary」という事業で、これが、アショカ・フェローに選ばれました。
SLinto Dictionaryはシンプルに言えば「手話のWikipedia」
これは、「手話を入力する特別なキーボード」と、「手話のオンライン辞典」の二つの要素で構成されています。
今まで、手話のオンライン辞典は世の中に存在していませんでした。
手話が分からない人は、手話ニュースなどを除いて、誰かが手話をする姿を見ても、その意味を知ることはできません。
手話には、意味を調べるために必要な、辞書のようなものもなければ、「デジタルな入力手段」と「データベース」がなく、検索することができなかったのです。
それをデータ化したことによって、手の動きが何を意味するのか調べることが可能になったのです。
さらに、手の動きを入力すると言葉になります。

手話キーボード

手話キーボードとは、手話による表現を直接入力できるようにしたキーボードで、汎用のキーボードを利用し、手話の「手の形」と「体に対する手の位置」によって、手話の直接入力を可能にします。

出典:http://shur.jp/shur_release20120302.pdf

また、シュアールがメイン事業として法人向けに提供しているのが、FacetimeやSkypeによるビデオチャットを使った手話通訳サービス「テルテルコンシェルジュ」です。

「テルテルコンシェルジュ」とは?

聴覚障がい者の依頼に応じて、コールセンターに待機中の通訳者がSkype画面を通じて、日本語・手話の両方を通訳すると言うサービスです。

出典:http://www4.nhk.or.jp/u29design/

「テルテルコンシェルジュ」での通訳サービス

ここでは、最新の情報端末を使うことで、その場にいなくても手話通訳ができます。
込み入った話を伝えにくい銀行やコンビニなど、手話が必要な公開イベント事業者向けには、このサービスはとても重宝されています。
なので、「テルテルコンシェルジュ」というサービスは法人向けに事業化しています。
この遠隔通訳サービスでは、手話だけでなく、英語・中国語・韓国語にも対応可能で、朝9時から夕方5時までの365日、コールセンターに常駐している通訳者とつながります。
・初期費用は2万円、月額1万9000円の年間契約で導入が可能。(更新料は別)。
・岩手県の盛岡市役所が50台を導入(市内の各施設に設置したほか、地下鉄やホテルチェーンなどにも導入)
・北海道から九州まで契約は350台を突破。と確実に実績も積みあがってきています。
・3言語を担当する会社とIT企業と弊社の提携事業はテルテルコンシェルジュ以外に「モバイルサイン」という手話だけの通訳サービス事業も独自に行っています。

利用したろう者の感想は?

靴屋で買い物中のろう者のお客さんから、「彼氏にプレゼントしたいので流行の靴を教えてください」という通訳の依頼があったそうです。
そのろう者の手話を店員さんに日本語に訳して伝えたら、「青のスポーツシューズが流行ってる」という助言をもらうことができたそうで、それまでは、店員さんに指でサイズをつたえて、色を選んで終わりという買い物の仕方だったものが、流行りや好みを伝え合って選ぶ、私たちの普通の買い物の方法がろう者にとっては普通ではなかったのです。
そんな、私たちにとっての普通を、ろう者にとっても当たり前にしたいと立ち上げたサービスがテルテルコンシェルジュです。

手話に興味をもったきっかけ

大木さんは14歳の時に、戦場カメラマンが現場に居合わせて撮影した、海外の紛争地で市民が殺されそうになっている写真を見たことがきっかけで、こういう仕事がしたいと思っていたそうです。
お父様に200万画素のデジタルカメラを買ってもらい、国境なき記者団に入ることに憧れ、中学生のころは『不肖・宮嶋』シリーズを読んでいたと。
同じ頃、手話講座をNHKのテレビ番組で観て、「この先は行き止まりです」という動作に「面白い言語だな」思った記憶があるそうです。

手話を始めようと思ったきっかけ

ただそのときは、戦場カメラマンになると決めていて、「スポーツは中学生が行ける戦場」だと考えてテニス部の試合を撮影し、高校に入ってからは写真部を立ち上げました。
それから本格的にジャーナリズムを学ぶため、高校3年の時にアメリカのデトロイトの高校に1年留学し、パブリケーションクラスに入ってアメフトなどの試合を撮影していたそうです。
帰国して、休学していた高校も卒業し「写真甲子園」と言うところに自分の写真をエントリーしたのに、全国大会にまで行けなくて、「14歳から写真ばかりやってきたのに」と思うと心が離れて、他のことに目をやったほうがいいと考え、ジャーナリスト志望だったので、日本大学芸術学部を目指していたのですが、すっぱりと慶應義塾大学に進路を変えたそうです。
写真にとって代わる関心事は、手話意外には考えられなかったそうです。
ところが、当初、慶應義塾大学には手話サークルがありません。
夏頃に同じクラスの学生から突然「手話がやりたいなあ」と言われて、思わず「俺も!」と食いつき、夏休み中に手話の勉強を始め、10月1日に「I'm 手話」というサークルを立ち上げます。
そして、そのサークルのメンバー募集チラシを見た友人から「紅白歌合戦に出ないか?」と誘われたそうで、具体的には、慶應義塾大学の先輩の、一青窈さんのバックで「ハナミズキ」の詞を通訳した手話で歌うというものでした。
それには、サークル仲間で出演。
その出演によって、メディアから色々な取材が入ったり、遠い山口県から手話コーラスの出演依頼があったり、プロモーションビデオのオファが舞い込んだりする中で、聴覚障がい者向けの娯楽が少ないという社会問題があることに気づき本格的に活動を始めていきました。
ちなみに私は知らなかったのですが、ハナミズキは、色んなところで手話としてもうたわれており、手話の、練習曲にもなっているのですね。

「ハナミズキ」 作詞・一青 窈 作曲・マシコタツロウ
☆1 ば ん☆
空を押し上げて 手を伸ばす君 五月のこと
(空+押し+上げる 手+出す+君 五月+思い出)
どうか来て欲しい 水際まで来て欲しい
(お願い+来て+欲しい 水+岸+来て+欲しい)
つぼみをあげよう 庭のハナミズキ
(つぼみ+あげる 庭+花+水+木)
★薄紅色のかわいい君のね 果てない夢がちゃんと
(少し+赤+かわいい+君 永遠+夢+はっきり)
終わりますように(終わる+お願い)
君の好きな人が 百年続きますように★
(君+好き+人 百年+続く+十字祈り)
☆2 ば ん☆
夏は暑すぎて 僕から気持ちは重すぎて
(夏+暑い+越える 僕+心+重い+大きい)
一緒に渡るには きっと船が沈んじゃう
(一緒+渡る+仮に この+船+沈む+だろう)
どうぞゆきなさい お先にゆきなさい
(どうぞ+出航 先+出航)
◆僕の我慢がいつか実を結び 果てない夢がちゃんと
(僕+我慢+未来+実る 永遠+夢+はっきり)
止まりますように(止まる+お願い)
君の好きな人が 百年続きますように◆
(君+好き+人 百+年+続く+十字祈り)
☆3 ば ん☆
ひらり蝶々を 追い掛けて白い帆を上げて
(空+蝶々 追い掛けて+白い+帆+上げる)
母の日になれば ミズキの葉贈って下さい
(母+日+時 水+木+葉+贈る+欲しい)
待たなくてもいいよ 知らなくてもいいよ
(待つ+ない+いい わからない+だけど+いい)
★この間くりかえし★
◆この間くりかえし◆
君と好きな人が 百年続きますように・・・。
(君+好き+人 百+年+十字祈り+お願い)
出典:http://blog.livedoor.jp/meckey_no2/archives/6436223.html

具体的な取り組みは?

聴覚障がい者向けの娯楽は、NHKの手話ニュース、ろう者を勇気づけるドキュメンタリー番組、政見放送ぐらいで、お笑い番組はありません。
たまに民放のテレビドラマで手話を使うキャラが出ることはあっても、ろう者にとっては面白くなさそうだったそうです。
一方サークル内には「純粋に手話を学びたいのにプロモーションビデオに出るための練習をしているのはおかしい」という声も出てきたので、2年生になった5月から学生サークルと切り離した営業窓口として「手話ネット」(現「学生団体リンクサイン」)を新たに立ち上げ、ポッドキャストで手話による娯楽番組を制作し始めました。
それまでろう者の方に会ったことがなかったのですが、行き当たりばったりの様子を手話で伝える旅番組なら作れると思い、手話が完璧にできる人を探し、手話の劇団をやったことがある聴覚障がい者と出会い、学校のビデオカメラを借りて広島や山口などにロケしました。
それから、司会、出演者、制作スタッフの全員がろう者というチームで番組も作りました。手話で何を言っているのかを耳の聞こえる人に尋ねる街頭ロケや、「ろうの幽霊はいるか?」を真剣に議論するバカバカしい番組などを作ったそうです。
ろう者と一緒に動くことで、彼らの日常的な不便があらゆるところに沢山あることに気が付いたそうですい。
とえば、新幹線に乗る時も、自動発券機では障がい者割引ができないので、駅員さんに尋ねたいのに駅員さんは手話ができず、筆談を求めて紙を差し出しても「無理」と書かれたこともあったり、後ろに並んでる人もイライラしている。
こんな状況は変えないといけないけど、そんな不便をいちいち解決していこうとすれば、ボランティアでは厳しく、フルタイムで向き合うしかないのです。
それだったら、生活費の心配がない学生時代に起業し、卒業後は専従できるようにしようと、2008年11月にNPOと株式会社『シュアール』の2つの法人を、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス内に立ち上げました。
卒業時の大学4年生だった10年には、NECの社会起業塾に通って、常にニーズを見るということを学んでいたそうです。
ろう者にとって手話で伝えられる環境が少なすぎて、手話と異なる日本語文化とつなげていくには、どこでも手話で通じる世の中にしていく必要があります。
手話通訳者には家を出てから帰るまで費用が出ますが、それが4時間でも実際に手話を使う場面は30分かもしれない。
ろう者の平均年収は100万円台なので、当事者負担が大きすぎます。手話通訳サービスにある無駄な出費を抑えたい。
iPadなどの情報端末を使えば必要な時にだけ手話を提供でき、もっと安くすむと考えました。
そこで、11年2月にSkypeによる遠隔手話サービスを実用化。
東日本大震災の後、共同募金の助成金によって、岩手・福島・宮城の被災者や被災地ボランティア、避難者のろう者に12年3月末まで無償で提供できたそうです。

シュアールへのアクセス

URL:http://shur.jp/
〒141-0021 東京都品川区上大崎4-5-37 山京目黒ビル309
TEL:03-6417-9003  FAX:03-6417-9004
最寄り駅:JR五反田駅、目黒駅、地下鉄南北線/三田線/不動前駅

まとめと感想

ずいぶん以前に、手話も少しだけ練習したことがありますが、あいさつや家族の父とか母とかだけでやっとでした。
手話って、方言のように国や地方で若干違っていると聞いていたのですが、現在はどうなんでしょう?
世界共通の手話キーボードの普及で、全世界が共通の言語としてつかうことができれば、今後は外国語を覚える必要はないのでは?と思ってしまいます。
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