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囲碁棋士の井山裕太(いやまゆうた)さんがプロフェッショナル仕事の流儀に


今月4月20日に史上初の7冠を制覇した囲碁棋士の井山雄太(いやまゆうた)さんが4月25日のプロフェッショナル仕事の流儀の主人公。
今回の放送は、強さの秘密は「自分を信じること!」と言い切る井山雄太(いやまゆうた)さんの2014年1月13日の再放送ですが、若くして頂点を極めた天才棋士井山雄太(いやまゆうた)さんについて、調べてみました。



プロフィール
・名前:井山裕太(いやまゆうた)
・生年月日:1996年5月24日(26歳)
・出身:大阪府東大阪市
・血液型:A
*プライベートでは、2012年5月24日に、将棋女流棋士の室田伊緒さんと結婚。2016年1月に離婚。

囲碁をはじめたきっかけは?

井上裕太さんがが囲碁を始めたきっかけは、お父さまのTVゲームだそうです。
井上裕太さんが5歳の時に、ゲームソフトを買ってきたお父さまの横で見ていて、おもしろそうだと思て始めてみたら、数か月後には、お父さんが勝てなくなるほど強くなったのだそうです。
わずか5歳です@@

7冠までの歩みは?

その後、アマチュア高段者だったおじいさんの手ほどきを受けて、小学校入学前にもかかわらず、3級になります。
そして、6歳の時に、大阪の地元のTVの「ミニ碁一番勝負」に出て、大人を5人抜き。
それを見ていた石井邦生九段が目を付けて、弟子入りさせます。
普通の師匠と弟子は、入門時と出る時の2局しか対局しないそうなのですが、石田九段が井上裕太さん見抜いて、主にネット上でですが、異例の1000局の大局をされて鍛え上げたそうです。
その後、少年少女囲碁大会全国大会で、小2、小3と連続優勝。
2002年の中学1年生の時にはプロ入りして、その年、圧倒的な成績で2段に昇段。
2005年10月8日、第12期阿含・桐山杯全日本早碁オープン戦で小林覚九段を破り優勝。
16歳4か月での優勝は日本囲碁史上最年少で、張栩、王立誠、趙治勲、小林覚という超一流棋士を連破しての優勝でした。
棋戦優勝で規定により七段へ昇段しましたが、これも史上最年少。
四段から七段への飛び級昇段も史上初だったそうです。
その後も数多くの最年少記録を打ち立てて、7大タイトルへとつなげていきます。

「自分を信じること」の意味

井上裕太さんの強さの秘密は「自分を信じること!」。
 
これは、2008年、19歳の時に初めて挑戦した名人位の大局から学んだことだそうです。
 

 
相手は、台湾出身の張栩名人。
この時、井山裕太氏は、2連勝します。
ただ、張栩名人は、負けていても平然と打ち進めてきたそうです。
張栩名人の自分を信じるという圧倒的な迫力に負けて、2連勝しているのに、まるで自分の方が負けているかの錯覚にとらわれたそうです。
その結果、井山裕太氏は負けてしまいます。
負けた井山裕太氏は、控室に戻った後、号泣。
どんな圧倒的に不利な立場でも自分を信じる事。これをこの大局から学んだと話されています。
それは、手筋にも表れていて、囲碁に限らずどんな戦いでも、トップ同士の技術の差はほとんどないそうです。
その差がない状態で勝ち負けを決めるのが、人まねではなくて、自分だけのオリジナル性。
「結局、人まねでは勝てない。常識から外れていても、自分はこっちに打ちたいと思ったら、迷わず自分の信じる手を打つ」とおっしゃる井山さん。
常識的な手を選択していれば、大きく形勢を損ねることはない。
だけど、独創の碁を打つことにこだわる井山さんは、危険をかえりみず積極的に未知の局面に踏み込んで行く。
たとえその一手によって勝負を落としてしまう可能生があっても、リスクを引き受ける、と。
それが、「安全は、最善の策ではない」という井山さんの勝負哲学です。
「安全な手」とは、最善手を100点とするならば、少し悪い90何点の手だと井山さんはおっしゃいます。
その「ゆるみ」を積み重ねるうち、いつの間にか形勢が入れ替わるのが勝負の世界だそう。
だからこそ、安全な手にこだわることはかえってリスクが高いのだそうです。
 

まとめと感想

「2連勝しているのに、まるで自分の方が負けているかの錯覚にとらわれた」そというあたり、感覚的に良く分かります。
100点に足りない少し悪い90何点とおっしゃっていますが、この足りない部分に、相手のエネルギーが吹き込まれいくんですよね。
気づけは、相手に占領されてしまっているみたいな、感覚だろうと思います。
この若さで「自分を信じる・自分を信頼する」と言い切る人生を、ちょっぴり羨ましくなります。
 
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